文芸的な、あまりに文芸的な

人生にあるのは意味ではなく味わいだと私は思っている(谷川俊太郎)

第二十七回文学フリマ東京 編集後記&レポ

文学系同人誌即売会 第二十七回文学フリマ東京(11/25)に、

サークル文化系女子になりたい」で出展参加しました。

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ミニコミ文化系女子になりたい 旅について考える」を300円で、26部頒布できました。買っていただけた皆さん、ブースに来て下さった皆さん、ありがとうございます!

今までは製作費の観点から、コピー本を頒布していたのですが、4回目の出店にして初めて印刷所での製本でした。

そのため300円という値段になってしまったのですが(それでも1冊の原価340円なので赤字設定)、30部ほど頒布できてうれしいです。

それからブログ読者の方も購入しにきてくれてうれしかったです。もっとお話ししたかったのですが、時間がなくてお話しできなかったのが残念です。

もし、このブログを読んでる方で「文化系女子になりたい」を購入してくださった方がいましたら、コメント欄にコメントください。

 

それにしても文フリって楽しいイベントですね。未知のであいがありますから。今回は楽しすぎて同人誌を6千円ほど購入しました。散財したなぁ…と思ったのですが、どの同人誌も面白いので後悔はしてません。むしろもっと買いたいなぁと思ったのですが、当然お金に限界があるのです。安く手に取れるZINEやフリペにはとても助かりました。サークルさんがもっとフリペ出してくれればいいのに…。

読んだ同人誌の感想はツイッターで読者さん当てにつぶやいています。

 

 

私が載せたエッセイは、カクヨムで読めますのでどうぞ。

埼京線快速で思う、こじらせ女子と仏教の話

第1話 - 埼京線快速で思う、こじらせ女子と仏教の話(@akihiko810) - カクヨム

本当は文芸マンガ描いて載せるつもりだったのですが、締め切りまでに思い浮かばず描きあげることができませんでした。すみません。マンガ描くのは難しい。

 

最後に、サークル文化系女子になりたいはメンバーをゆる募(ゆるく募集)します。埼玉県のさいたま市(浦和)で、文学フリマに向けてミニコミを作るサークルです。さいたま市の読書倶楽部のメンバーで作ってるのですが、もともとは私が「文化系の友達がほしい」と思って友人と作ったのがはじまりです。今メンバーが3人いるのですが、1人あたりの製作費を下げたい、もっと誰かと仲良くなりたいとの願いでもう少しメンバーがほしいと思っています。

興味ある方はぜひ連絡ください。(というか、同人誌に興味ある方はぜひ自分で作ってみると楽しいですよ!)

極私的・今年度ベスト5マンガ 2018

初めての皆さんはじめまして。そうでない方はお久しぶりです、タムラ昭彦です。

私はそれなりの漫画読みでして、(正確には数えていないものの)年間200冊ほどの漫画を読んでいるはず。

今回は年末にはまだ少し早いけれど、今年私が読んだ漫画2018・ベスト5を発表したい。(※私が今年読んだ漫画であって、今年発売された作品ではありません)

 

第5位

『詩人ケン』業田良家

歌男と詩人ケン (竹書房文庫)

歌男と詩人ケン (竹書房文庫)

 

あらすじ:

誰もが何かに飢えている現代に生きる詩人ケン。金も職もないが妻子はいる彼は、今日も言葉を探し求め詩を作る。ケンと彼を取り巻く情深きひとびととの交流を描く。

短評:

良家童話ここに極まれり。自称「詩人」ケンが、社会の欺瞞と生きることの愛の正体を暴きその詩を詠む。業田良家は、寓話としかいいようのない社会派あるいは哲学マンガを描くが、本作も骨太の寓話であった。作中において北朝鮮からミサイルが飛んできたとき、日本政府も世界も沈黙した。この欺瞞に満ちた世界で真実はどこにあるのか?問いかけるのは詩人ケンであり、愛の正体を答えるのは妻のルルである。
 
第4位
『なぎさにて』新井英樹 (全3巻)
なぎさにて(1) (ビッグコミックス)
 

 あらすじ:

人類は滅亡するために生まれてきたのか――――!?

世界は確実におかしくなっていた。2011年に人類発祥の地・ケープタウンに不思議な木が生えたときから…

強制的に「世界の終わり」を意識させられる人類…
刹那的な享楽にふける人…全てを諦め投げやりな生き方を選ぶ人…

全てが急速に変わり始めた世界の中で、変わらないことを選び絶望に挑む、家族の物語。

 短評:
新井の衝撃作。「死の樹(破裂すると人類が滅ぶ)」が生えた世界で、明日がないかもしれない人間は何をして生きるのか。どう生きるのか。このまま死に目をそらして生きるのか、人生このままでいいのか?と人生を問う作品。死を意識した渚は「とにかくなんでもやる」人間になろうとあがくが、いきなりやりたいことがみつかるわけでなく…  ここまで人生をド直球に問いかける作品とは、これは俺的に凄い!マンガ。しかし残念ながら3巻で打ち切り…。この熱量をどこにぶつければいいのやら。

 

第3位

 『月影ベイベ 』小玉ユキ (全9巻)

月影ベイベ 1 (フラワーコミックスアルファ)

月影ベイベ 1 (フラワーコミックスアルファ)

 

 あらすじ:

伝統行事「おわら」を踊りつぐ町。東京から転入してきた蛍子は、町の伝統「おわら」を踊れるが 人前では緊張して踊れなくなってしまう。 そんな蛍子にひかれる地元の高校生、光。 どうやら、光の叔父と蛍子は昔からの知り合いらしいが、 2人は何も語らない。 小さな町に吹き込む、謎と秘密の風。 情緒と青春を瑞々しく描く、新しい小玉ワールド。

短評:

富山県のおわら踊りを題材にした、三角関係少女マンガ。おわらという超地味な素材なので、1、2巻はまぁまぁだったが、3巻でおじさんが不倫していたことが明るみになってからはめっぽう面白くなった。やはり少女漫画は「関係性」を描くのが上手いが、この作者は「かなわない恋の関係性」を提示するのがすごく上手い。主人公が「これが恋か」と胸がズキンとする場面は涙モノ。正統にして秀作の少女漫画だと思う。

 

第2位

『ミツコの詩』榎屋克優 (既刊1巻)

ミツコの詩 1 (ビッグコミックス)

ミツコの詩 1 (ビッグコミックス)

 

 あらすじ:

女子高生詩人は今日も「紙以外」の何かに書いている。
校長の車に、トイレの壁に、教室の床に。
元詩人の国語教師は今日も苛立っている。
詩を履き違えた、その女子高生詩人に。
だから二人は詠い続ける。
互いの魂が正しいことを証明するためにーーー!!

短評:

詩の朗読バトル(通称詩のボクシング)がテーマの漫画。学校の窓ガラスから校長のベンツにまで辺り構わず自作の詩を書き付ける女子高生ミツコが参加している詩の朗読バトルに、プライドが高い元詩人の国語教師の吹抜が足を踏み入れていく…。  内容は渋く魂を叩きつけるかのよう。画も劇画調の重厚な感じなのが合っている。これは傑作漫画になる予感。とはいえテーマが地味なだけに、長期連作にはならないだろう。3巻くらいでがっと詰め込んでほしい。

 

第1位

空也上人がいた』新井英樹

空也上人がいた (IKKI COMIX)

空也上人がいた (IKKI COMIX)

 

あらすじ: 

81歳、孤独な老人。46歳独身、介護職の女。27歳、特別養護老人ホームを「ある事情」でやめた青年。ぬぐい去れない痛みを抱えた3人の奇妙な恋が始まる――――。脚本家・小説家山田太一の小説『空也上人がいた』を、鬼才・新井英樹が漫画化

短評:

特養での罪の意識を抱える青年が、ある老人宅で介護を頼まれる。老人から京都の空也上人像を見てくるよういわれ…。 原作・山田太一、漫画・新井英樹。このタッグで面白くないわけがなく、文句なしの傑作であった。「傷のある人間同士の愛のあるセックス」というラスト場面は、やはり新井が好きそうなテーマで、この原作を漫画化するに際しての意気込みが感じられた。介護職のしんどさ、闇がしっかり描かれているのも、抒情派だけでなく社会派なドラマだと思う。この傑作原作にも漫画にも敬意を表したい。

 

骨太なテーマの漫画が好きなのでこのランクインとなった。どの漫画も必読の面白さである。

他、今年度のオススメ漫画は以下。ぜひ読んでもらいたい作品群である。

「大家さんと僕」矢部太郎

「淋しいのはアンタだけじゃない」吉本浩二

ブッダ手塚治虫

「寺島町奇譚」滝田ゆう

「含羞(はぢらひ)我が友中原中也」曽根冨美子

百日紅杉浦日向子

「春と盆暗」熊倉献

人間失格伊藤潤二

「みちくさ日記」道草春子

「オンノジ」施川ユウキ

町田くんの世界安藤ゆき

「Sunny」松本大洋

「猫楠―南方熊楠の生涯 」水木しげる

「1122」渡辺ペコ

「岸部露伴は動かない」荒木飛呂彦

「海街diarly」吉田秋生

「Beautiful Sunset」小玉ユキ 

【告知】第二十七回文学フリマ東京(11/25 日)参加します。サークル「文化系女子になりたい」(キ-7)

文学系同人誌即売会 第二十七回文学フリマ東京に出展参加します。

文学フリマ東京

第二十七回文学フリマ東京 (2018/11/25) | 文学フリマ

日時;11月25日(日) 11:00~17:00

会場;東京流通センター 第二展示場 (東京モノレール流通センター駅」徒歩1分)

私たちのサークルは文化系女子になりたい」

ブースはキ-72F入口左から4列目です。

 

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(去年の文学フリマの出展ブースの写真)

頒布する冊子は合同誌文化系女子になりたい』

内容は、「旅」に関するエッセイと座談会、短歌、サブカルチャー評論(漫画論、映画論)です。

1冊300円。

他、本誌に入りきらなかった描き下ろしマンガのコピー本を頒布する予定。

絶対に損はさせません、ぜひお越しください! 皆さんとお会いして何か語らいたいです!

あと、文フリ東京に出展参加される方は、ぜひコメント欄に「参加するよ」とコメントお書きください。こちらからブースに寄らせていただきます。

 

岡崎京子『pink』を読む ~愛と資本主義の物語。この消費社会で、愛は勝つのか

今回は、岡崎京子『pink』を紹介したい。

pink

pink

 

89年というバブル景気の絶頂期に描かれた作品である。

岡崎京子は、『pink』あとがきにこう書いている。

これは東京という退屈な街で生まれ育ち「普通に」壊れてしまった女のこの”愛”と”資本主義”をめぐる冒険と日常のお話です。

「すべての仕事は売春である」とJ・L・G(ジャン=リュック・ゴダール)も言ってますが、私もそう思います。(略)

そしてすべての仕事は愛でもあります。愛、愛ね。

”愛”と”資本主義”をめぐる冒険と日常のお話とはどういうことだろうか。

あらすじを紹介したい。

~~~~あらすじ~~

主人公のユミは昼間はOL、夜はホテトル嬢の仕事をしている。ピンク色のバラが好きな女の子だが、実は部屋で大好きなワニを飼っており、ワニのえさ代を稼ぐために彼女はホテトル嬢の仕事をしているのだ。

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ユミの実の母親はすでに亡くなっており、代わりに、父親の金を目当てに結婚した継母がいる。ユミは、継母のことは嫌っているが、継母と父親の間に生まれた義理の妹のケイコとは相性が良く、ケイコはたびたびユミの部屋へ遊びにやってくる。

ある日、ユミは継母が若い男を愛人として買っていることを知る。そのことに興味を抱いたユミは、その若い男のもとを訪ねた。そのハルヲという大学生とユミは仲良くなり、それからユミの世界のなかにハルヲが存在するようになる。

ユミはマンションの管理人にワニを飼っていることがばれ、最終的にユミは部屋を出ていかされる。そして、行くところのなくなったユミとワニはハルヲの下宿先で暮らすようになった。ユミはハルヲの部屋で寝食を共にし、二人は恋人関係のようになる。

しかし、結局その関係は継母にばれてしまう。

継母は、ユミを懲らしめるために、ユミがずっと大切にしてきたワニを殺すことにした。ハルヲの小説の完成を祝って(ハルヲは小説家志望である)ユミとハルヲが食事に出かけている間に、継母の差し向けた遣いによってワニは連れ去られた。

ワニがいなくなってからのユミは元気がなくなり、昼間の仕事にも集中できず、ハルヲといてもため息ばかりつくようになった。ある日、ユミは人ごみのなかである発作を起こし、しゃがみこんでしまう。「どうしてあたしはここにいるの?」、「どうしてここに立っているの?」など、頭の中はクエスチョンマークだらけになってユミはパニックになる(ユミがこれを「あの発作」と呼んでいることから、この状況はユミの身にたびたび起きているのだということがわかる)。

この状況になったあと、ユミはハルヲに南の島に行きたいと言い出す。幸いにも、ハルヲが書いた小説が大きな賞をとり賞金が入ることがわかったので、二人は本当に南の島に行くことになった。

ユミが南の島に行くための準備をしているときに、ある荷物が届く。開けてみると、そこにはワニ革でできたトランクが入っていた。同封されていた手紙を読んで、このトランクは自分が飼っていたワニでつくられたものであり、それは継母の仕業によるものだとユミは気付く。

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ワニを殺した継母に復讐するために、ユミは継母のもとへと向かう。ユミはバットで継母を殴るのだが、最終的にはケイコに止められ、継母を殺すことはなく部屋を荒らしてユミはその場を立ち去る。帰ってからもしばらく怒りはおさまらないのだが、ユミはあっけらかんと立ち直る。

そして南の島に向かう出発日当日、ハルヲは取材を受けてから空港に行くということで、ユミは先に空港に着いてハルヲを待っていた。しかし、ハルヲは仕事を終えて空港に向かう途中に、スクープを狙う週刊誌のカメラマン達に追われ、彼らから逃げようと走っている際に交通事故に遭い、死んでしまう。

ハルヲがそんな事態になっているとも知らないユミは、幸せな気持ちに浸りながら「最上の幸福がやってくるのを待つきもちってこんなもんかな」と、ワニのバッグを持ってケイコと二人でハルヲを待っているのだった。

~~~~~

 主人公のユミは、実にあっけらかんとした女性として描かれている。ユミはこの消費社会に生きる女の象徴である。「仕事つまんねーな」と思いつつ、「買いたいモノは何でも買う」ために売春の仕事までしている。

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ここで大事なポイントが、ユミは消費社会に極限まで適合しているが、それによって必ずしも幸福にはみえないーーかといって不幸ではないーーという点であろう。

せいぜい「なんとなく愉快に過ごせる」程度のものだろう。いや、ユミからは消費の快楽へ対する倦怠感が伺えるといってもいい。

彼女の真の安らぎはペットのワニにあり、これが彼女にとっての幸福の象徴である。

ただし、この幸福の象徴であるワニは、ベラボウに飼育費がかかる(売春する必要すらあるほど)という点で、この消費社会がなければなりたたないということに留意する必要がある。

資本主義社会は、消費において幸福になるわけではない。しかし、幸福の為には消費(カネ)が必要である、ということだ。

清貧などクソ喰らえ、さすがバブル期のマンガであり、しかし消費社会万歳ではなく消費社会の実態がマンガの中に落とし込めていると思う。

次に、愛。

ユミにとっての愛の象徴として出てくるのが、ワニである。「幸福と愛の象徴」として登場するのがワニだ。

物語後半では、ユミはハルヲとたびたびセックスし、恋人関係になる。ワニの他に新たな愛の象徴として、ハルヲができた、といってもいい。

ただし、この作品に描かれるーーというよりも、ほとんどの岡崎作品で描かれるーー「愛」は、強い絆をもってなされる愛や、ドロドロと粘っこい愛とは違う。サバサバした関係の愛、とも違う。

「なんとなく楽しいセックスをしたら好きになっちゃった」みたいな感じの、どことなく小ざっぱりした、<浮遊した感覚のある関係性>である。

ただし、これは「安っぽい」とか「軽薄な」愛、という意味ではない。<浮遊した関係性>だからこそクールな「愛」なのである。

クールでありながら、(「深い」ではないかもしれないが)濃い愛(関係性)ということだ。これが岡崎京子の描く愛である。

(ちなみに岡崎京子時代の寵児になったのは、ひとえにこの「クールな感じ」をひっさげてデビューし、この「クールさ」と作品における「陰鬱さ」が時代の最先端とマッチしたからだと私は思っている。)

そして物語は終盤に入り、ワニはカバンにされる。

幸福の象徴であるワニを喪失し、「私をカタチ作っていた<消費>行動」への倦怠感が剥き出しになりパニックになる。

最終盤にハルヲが死んでしまうが、ユミはこれを知ることがなく終わり、物語に余韻をもたらす。

さて、冗長であると思うが、この作品がもし、もう少し続くとするなら、どういう展開になるだろうか。ユミがハルヲの死を知ったらどうなるだろうか。ワニを皮鞄にされたときのように立ち直ることができるだろうか…。

私が思うに、ユミはひとしきり泣き悲しんだ後、またあっけらかんと立ち直ることができるのではないかと思う。

これは彼女が「立ち直りの早い」女だという以上に理由がある。

それはこの物語における愛の形が、<消費によっての代替性をもつもの>として描かれているような気がするからだ。

ユミにとってハルヲとの関係性(愛)は代替のきかないものであるはずである。しかしでも実は、この消費社会では、愛すら代替できるのではないだろうか。

なぜならユミにとって、「ハルヲがハルヲである必然性」が薄いからである。ハルヲとの関係が<浮遊した関係性>であるが故に、その関係が代替不可能であるという前提が薄いのだ。そしてそれはもしかしたら、この消費社会では愛は、別の消費によって代替できるのではないだろうか、と、これがこのマンガが描く余韻から伺える「”愛”と”資本主義”」なのではないかと私は感じる。

ただしそこには、「代替できるということは、ただの軽薄な愛だった」という諦観はない。愛は愛であり美しく、ただ、資本主義における愛の一つの形が示されただけにとどまる。

だから私は、この作品を「資本主義の中の愛の一つの限界ーー消費社会における愛の代替性」を描いた物語だと読む。

そしてこの諦観めいたテーマは、89年当時の感覚からしたら「非常にクールだった」のだと思う。

この物語が描かれた89年は、そしてこの作品から続く90年代前半は、こうした諦観を描く作品がひとつの最先端だった。

しかし90年代はオウム、阪神大震災酒鬼薔薇事件やエヴァブームを経験し、「諦観を描くだけ」の作品はありふれたものになった。

本作『pink』は、今現代に読んでも色あせることはない。しかし現代を生きるための「新しい知恵」が描かれているわけでもない(30年前の作品なのだからそれが普通なのだけど)。

資本主義社会はいまだ克服されてなく、その意味においても「消費社会における愛の代替性」はいまだ変わらない。代替的な愛も代替不可能な愛もありえるだろう。

その中で、あえて「代替できない愛」を目指すかどうかは、我々の意志ひとつである。<了>

 

本日のマンガ名言:

「お母さんが良く言ってたわ シアワセじゃなきゃ死んだ方がましだって」

「お母さんは?」

「…そのとおりに死んだわ」

ぼくの精神病院入院日記  その3

4月の終わりごろから2か月半ほど、精神病院に入院してました。

入院理由は、ストレスによる心因性の過剰水分摂取による水中毒でした。

入院中に暇つぶしに書いた日記を、忘備録として載せます。

 ※以下出てくる人名は、当然ながらすべて仮名です。

ぼくの精神病院入院日記 その1

ぼくの精神病院入院日記  その2

 

5月9日

・OT(作業療法)で映画「マクロス 愛・おぼえていますか」を観た。

この世代のおっさんからのリクエストらしい。

作業療法士さんに「マクロスなんて、おばあちゃんは観れんでしょ」と言ったが、「いろんな映画を見せるから、まぁ、大丈夫」とのこと。

で、実際に流してみると、案の定、おばあちゃんたちはポカーンとして脱落して寝てた。その中で、一人だけ最後まで観てたおばあちゃんがいた。エライ

・別の部屋にいたA木さん(40代前半)が、うちの部屋に移動してきた。なんでも「部屋で歌うのがやめられずに」クレームがついて、この部屋に移動してきたらしい。歌うのがやめられないって、へんな病状だな。というか、なぜこの部屋にうるさい人が集まってくるのか…。

A木さんは、勤めていた会社をメンタルやられて辞めて自分で会社をやっているそうだが(40そこそこで社長はすごいな)、会社が火の車らしい。財務整理で疲れて入院したという。入院1か月とのこと。

「よろしく」と挨拶されたが、正直歌うのはやめてほしいと思った。落ち着かない病状は理解できるが。

A木さんは看護師さんに「もう寝てなさい、これ以上騒ぐと拘束になっちゃうよ」と言われ、「注射はいやだー、注射はいやだー」と歌いながら横になっていた。

やっと点滴がとれた。5か目。やったー。

なので風呂に入れることになった。A木さんと風呂でいっしょになり、入院した経緯などを話した。

売店に買い物に行くために外出した。2度目の外出。

外出はまだひとりでできず、看護師さんのつきそいが必要だ。なので別の男性K田さんもいっしょに売店に行くという。K田さんのリクエストで、中庭グラウンドを1周回った。この病院には中庭グラウンドがあり、晴れている日はそこで散歩ができるのだ。

建物の外に出て(まだ院内だけど)歩くのは14日ぶりだ。

歩きながらナースさん(男性)に、「この仕事やって何年ですか?」ときくと、「4年目。准看護師は5年やった」とのこと。「大変ですか」ときくと、「まぁ、楽な仕事ではないですよね。楽な仕事はないでしょうから」とのこと。

5月10日

・晴れといっていたのに、朝から雨。しかも37.5℃の微熱が出た。父が見舞いに来る日だったが、雨で来ないとのこと。

見舞いがないので、将棋おばちゃんと午後、将棋さしてたら、父が見舞いに来た。「晴れたから来た」とのこと。将棋中だったので、父を病室に先に行かせて1時間も待たしてしまった。

・父の見舞い。鼻毛切り(はさみ。院内には持ち込みが厳しい)を持って来てもらって、3週間ぶりに鼻毛を切り、眉毛をそろえる。

その後持って来てもらったフルーツゼリーを食べ、2人でグラウンドに行き、何周か歩く。貴重な運動の時間だ。(まだ一人での外出はできないので)

4年ほど前、父がうつ病でこの病院に入院したことがある。そのとき私がつきそいで、一緒にこのグラウンドを散歩した。そのときはまさか、立場が逆になってここをまた歩くとは思わなかった。

・今日、先生の回診だということなので、10日ぶり(あいだにGWを挟んだので、長く空いてしまったのだ)に主治医の先生とお話しできると思ったら、初めての先生だった。回診は週に1回で、主治医とは違う先生がやるらしい。

「もう、外(院内のグラウンド)に一人で出てもいいですか?」ときいたら、

「水飲むかもしれないからダメ」とのこと。

「ラジオ持ち込んでもいいですか?」「主治医の先生にきいて」

主治医がいないと何も発展しない…。

入院して3週目、1か月くらいで退院できるかと思っていたが、それはどうやら無理っぽい。これ以上入院が長引くのか、と思うと憂鬱になった。

主治医の診察が今日あると、昨日きいたのだが、先生は結局来なかった。主治医が来ないせいで、入院が長引いているような気がする。

しかし、「水飲むかもしれない」と医者に言われると、本当に水飲みたくなる。まだ1日500mlまでなので、喉がかわいて仕方ないし。

・同室のA木さんが私の事を「田島さん」と間違って呼んでいたのだが、ついに私の名前を間違えずに呼ぶようになった。

A木さんはご両親がお見舞いにいらっしゃって、「税務署がどうこう」「破産がどうこう」などという話をしていて、やはり会社の経営は厳しいのだな、そりゃメンタルyられるわ、と思った。

・同室の拘束されたO木さんが、どっか別の病院に移った。ここでは治療しきれないらしい。うるさいのが一人減ってうれしいけど。

・目薬おばあちゃんという車椅子のおばあちゃんがいる。昼飯どきに、目薬さしてもらいたいのだが、目薬は朝晩の2回しかさせないので、「目薬指して。目薬指して」と連呼しながら眼を掻いてしまうので、指なし手袋されて手を拘束されてしまう。拘束されると「目薬させないのは不幸だ、目薬させないのは不幸だ」と連呼するので、不気味。

クロスワードパズルで、「『山の頂がつらなっている』って2文字で何?」とおっさんにきかれたので「『尾根』じゃないですか?」と答えた。

しばらくして「あれ、もしかして『尾瀬』じゃなかったか?」と思ったが、正解は尾根だった。

・新聞を病院に配達してもらってるおじさんがいる(もちろん自分の金で)。わざわざそんなことしてるのか(&こんなことできるのか)と感心した。しかも、読んだ新聞は、食堂に置いて誰でも読めるようにしてくれる。私は(他にすることがないので)よくこの新聞を読んでいる。

「このおじさんはきっと聡明なんだろうなぁ、新聞読んでいるから(あまりここで新聞読んでいる人はいないので)」と思っていた。

しかし今日ナースセンターで「病院早引けします」とおじさん、ナースさんが「ここは病院で、あなたは入院中なのだから、家には帰れません」というやりとりを見て、「ああ、やはりここは病院だなぁ、ここに居る人は調子悪いなぁ…」とあらためて感じた。

新聞を読めることと病状は関係ないらしい。

5月11日

・今朝は、ここに来て初めて3時間少し眠れた。今まで眠れても1時間半、多くは一睡もできなかったのに。昨日、父とグラウンドを散歩したのがよかったのだろう。

今朝方、「キム・ジョンウンクロスワードパズルする夢」を見た。南北首脳会談のニュースを連日観ていたことと、昨日OTでクロスワードパズルやっている人がいたから、見た夢だろう。

キム・ジョンウンクロスワードパズルで「ひらのあや」というミュージシャンの名前(声優の平野綾か。なぜかミュージシャンだと夢の中では思った)は書けていたが、「いつも」はわからずに私が教えてあげた。

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・先生がやってきて、調子いいので週末に外泊できると思うとのこと。週末(土日)ってあさってだけど。やった!

・同室の、自殺未遂入院の人が今日退院するらしい。私よりあとに入院してきたはずだけど。早いな。 退院うらやましい。

・OTでナンプレをやった。平日はOT(作業療法)があってなんだかんだヒマつぶしできる。休日はつまんないテレビでなんとかヒマつぶすしかない。

・昼飯時、看護実習生さんと少し話をした。大学4年生でここが実習4回目とのこと(実習は3年の後半からある)。ここではやってないが、メンタルでなく他の科の病院だと身体介助もやっていたそうだ。メンタルじゃ介助患者はそんなにいないからね。

・風呂に入ったら、女性実習生も風呂に入ってきた。実習生は1人の患者に付きっきりなので、その患者おっさんが風呂に入ったのだ。実習生は、そのおっさんや私がちんこ洗ってるのを見ながら、てきとーに世間話をしていた。

看護実習生にちんこ洗ってるの見られても当然ながら興奮なんてしない。むしろ見せつけたらどうなるのだろうとも思ったが、もちろんどーにもならないだろう。

・女性ナースさんとグラウンドを散歩。「疲れたー。暖かいからもう働くのメンドイ」と愚痴ってた。「2部屋(12人分)の患者記録を書かないといけないからおわんねー」とのこと。「大変ですねー」と私。女性とこーゆーどうでもいい会話をするのは久しぶりだ。

・アイスの許可が医師からおりたので、バニラ味の「クーリッシュ」を売店で買って食べた。半月ぶりのアイスクリ-ム。うんまい! と思わず声が出た。

f:id:akihiko810:20180727172843p:plain めっちゃうまかった

 ・夜9時に、主治医先生の仕事がひと段落したとのことで面談をした。先生と面談するのは12日ぶりくらいだ。いくらGWをはさんでいたとはいえ時間かかりすぎ。

先生は、9時に面会が終わったらやっと夕飯とのこと。激務だ…ご苦労様です。

面談の内容は、エビリファイという薬が朝夕2度に増えて、様子みてよかったら、来週末に外泊可からの任意入院にきりかえという流れとのこと。

来週末かい…。今週末(あさって)に外泊だと思って今日1日すごしてきたので、なんか緊張の糸がぷっつり切れた感じがした…。

退院のめどがつきそうなのはうれしいが、閉鎖病棟にいるのはもううんざりする。早く帰りたい。

普段夜はおかしを食べないのだが、ストレス解消の為ポテチとチョコをドカ食いして寝た。

 

ぼくの精神病院入院日記 続きます(たぶん)

若手歌人たち ~『桜前線開架宣言』山田航

山田航『桜前線開架宣言』という短歌アンソロジー本を読んだ。

桜前線開架宣言

桜前線開架宣言

 

 副題に「Born after 1970 現代短歌日本代表」とあるように、70年代以降生まれの若手歌人40人の歌を集めたものだ。

1人あたり50首以上載っているので、現代歌人にふれる入門編としてはかなりボリュームのある本である。

いくつか心に残った歌人と短歌をここで紹介したい

 

中澤系

70年生まれ。早稲田大哲学科卒。副腎白質ジストロフィーという難病に侵され、09年没。

 3番線快速電車が通過します理解できない人はさがって

 いや死だよぼくたちの手に渡されたものはたしかに癒しではなく

 ぼくの死でない死はある日指先に染み入るおろし生姜のにおい

 秩序 そう今日だって君は右足と左足を使って歩いたじゃん

 ぼくたちはこわれてしまったぼくたちはこわれてしまったぼくたちはこわ

 

今橋愛

76年生まれ。現代短歌ではほぼ禁じ手とされがちな多行書きやチラし書きを採用する。ひらがなを多用しての、生々しい女性のしゃべり言葉を基本的な文体とする。

 もちあげたりもどされたりする

 せんぷうき

 強でまわってる

 

 つかいおわるまでこのへやにいるかしら

 三十枚入りすみれこっとん

 

 くもがねー

 ちぎれて足跡のようだよ。

 こんとんをどけたあとがみたいの。

 

岡崎裕美子

76年生まれ。性愛短歌を得意とする女性歌人のひとり

 したあとの朝日はだるい 自転車に撤去予告の赤紙は揺れ

 こじあけてみたらからっぽだったわれ 飛び散らないから轢いちゃえよ電車

 それなのにだんだん濡れてくるからだ割れた果実が滲むみたいに

 見つめあってするのが好きになっている キセル乗車の数だけ会った

 その人を愛しているのか問われぬようごくごくごく水、水ばかり飲む

 

兵庫ユカ

76年生まれ。

 まよなかのメロンは苦い さみしさをことばにすれば暴力になる

 でもこれはわたしの喉だ赤いけど痛いかどうかはじぶんで決める

 すきという嘘はつかない裸足でも裸でもこの孤塁を守る

 ナイフなど持ち慣れてない友達に切られた傷の緑、真緑

 

平岡直子

84年生まれ。

 海沿いできみと花火を待ちながら生き延び方について話した

 心臓と心のあいだにいるはつかねずみがおもしろいほどすぐに死ぬ

 怪獣は横断歩道に逃げ出しておやすみ一緒に幸福しよう

 自転車は朽ちていくのか夕焼けに包まれながら眼ももたず

 

野口あや子

87年生まれ。

 ゼリー状になったあなたを抱きかかえ しんじつから目をそむけませんか

 窓ぎわにあかいタチアオイ見えていてそこにしか触れないなんてよわむし

 えいきゅうにしなないにんげんどうですか。電信柱の芯に尋ねる

 知らぬ間に汚れてしまった指先をジーンズで拭う 非常階段

 わたしたち戦う意味は知らないし花火を綺麗と思ってしまう

 

他にもいい歌、歌人は多いが、長くなるのでここまで。

私も短歌はじめてみたくなった。

みなもと太郎『マンガの歴史』 トキワ荘と劇画の時代

 『風雲児たち』で有名なみなもと太郎

歴史に詳しいだけでなく昭和の漫画史にも詳しいとのことで、

 『マンガの歴史 1』という本

岩崎調べる学習新書 (1) マンガの歴史 1

岩崎調べる学習新書 (1) マンガの歴史 1

 

 を出しているのだが、これはかなり面白かった。

戦前のマンガ ~赤本マンガと手塚治虫新宝島』~貸本マンガと雑誌『漫画少年

トキワ荘 ~劇画 ~少女漫画と水野英子 ~週刊少年マンガ雑誌の登場

といった順で昭和漫画史を網羅した、「漫画界の風雲児たちといえる本である。

この記事では、《貸本マンガと雑誌『漫画少年』~トキワ荘 ~劇画》について解説したい。

マンガの歴史はトキワ荘だけじゃないぞ!ということがありありと書かれている。

まず1946年、赤本マンガ(駄菓子屋や露店で売られていた粗末な本)という形式で手塚治虫新宝島を発表。ほぼ初めてのストーリー漫画で衝撃を与える。

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この大ヒットにより赤本マンガが増えただけでなく、戦後復興とあいまって本も豪華になり、貸本マンガが出てくる。

3年後の1950年、手塚は初めて「漫画雑誌連載」をスタート。この雑誌というのが学童社漫画少年であり、連載作が『ジャングル大帝』だった。

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ジャングル大帝』で一躍国民漫画家となった手塚は、兵庫住みだと不便なので上京する。

漫画少年』には創刊初期から「読者の投稿コーナー」があり、ここに投稿していた有能な青年たちを、出版社は手塚の住むトキワ荘に呼び寄せた。

これがトキワ荘メンバーのはじまり。

手塚がトキワ荘に入居したのが53年、藤子不二雄が54年、石ノ森と赤塚が56年。最後まで残っていた山内ジョージが出ていくのが62年なので、10年程続いたことになる。

トキワ荘メンバーの作風は、絵柄も内容も子供向け漫画だということ。手塚の影響だ。

その一方、53年ごろから貸本漫画ブームが到来する。人口の多い「団塊の世代」の人たちがマンガを読む年齢になったので、需要が急速に増えていったのだ。

供給する漫画家が足りないので、紙芝居作家にマンガを依頼する。

水木しげる小島剛夕白土三平といった今や大御所(亡くなった人も多いが)がその代表格。

 f:id:akihiko810:20180630115525p:plain 水木の貸本マンガ

貸本マンガは57年ごろにピークを迎える。この貸本マンガから生まれ、のちの漫画界に多大な影響をあたえたのが、劇画である。

貸本マンガ出版社の西の雄・日の丸文庫に発表していた、さいとう・たかを松本正彦辰巳ヨシヒロ佐藤まさあきらが劇画漫画創出の代表格。

面白いのは、彼らもまた手塚『新宝島』に衝撃をうけ、『漫画少年』にマンガを投稿していたこと。さいとう・たかをは『漫画少年』に掲載されたが、投稿作を選者に酷評されたという。

しかし彼らはトキワ荘には行かなかった。

関西在住であったこと。トキワ荘メンバーとは絵柄が違ったこと。そして何より、子供向けマンガから脱却し、大人向けマンガを描きたかったこと。

だから彼らは、ブームになりつつあった貸本マンガの道に活路を求めた。

日の丸文庫顧問で漫画家でもある久呂田まさみが、こういった漫画家を集めて漫画短編集シリーズ『影』を56年に創刊、これが大きくヒットし、瞬く間に劇画漫画が広がっていく。

日の丸文庫が事業を拡げ一時倒産し原稿料が支払われなかったため、久呂田は別の出版社から、漫画家はほとんど同じで、別の漫画短編集シリーズ『街』を作ったりもした)

f:id:akihiko810:20180702114330j:plain『影』『街』の復刊版

劇画が広がった要因には、今まで大人向けの漫画がほとんど出ていなかったことがあげられる。「漫画は子供のもの」とみなされていたが、手塚『新宝島』から10年、当時『新宝島』に衝撃をうけた子供たちが二十歳前後になったので、「大人向けの漫画」というのが実は需要があったのだ。そうした需要に貸本マンガはぴったりとはまったのだ。

 そういうわけで50年代後半に貸本マンガはピークを迎えるが、60年にさしかかると、テレビの普及により娯楽で負け、そしてもうひとつは大手出版社(小学館講談社)が週刊少年マンガ誌を刊行し、貸本はそれに物量・流通面では太刀打ちできず、急速に貸本マンガは衰退していった。

ただし劇画はのちの漫画界にも影響を与え続け、特に講談社の『少年マガジン』が「子供向けの少年サンデー」に対抗するため読者の対象年連を学生層へとあげたため、特にマガジンでは劇画調の漫画が多かった。

例えば、『巨人の星』は大人向けの骨太なヒューマンドラマにするために、(当時は売れてなかったが)作家の梶原一騎原作に、劇画漫画家の川崎のぼるーー川崎は野球のルールを知らないので一度断ったのだが、それでも「さいとうたかをの弟子で、劇画だから」という理由で起用されたーーで、初めて少年マンガで本格的な劇画を展開した。

 

このあたりのことはウィキペディアにも詳しいが、

トキワ荘 - Wikipedia

劇画 - Wikipedia

私は「トキワ荘の時代」と「劇画の時代」を、本を読んでなんとなく知っていたが、その2つが完全に時期として重なるとは知らなかった。

最後に、この時代をかいたマンガを紹介して終わる。

トキワ荘の時代」は、有名な藤子Aのまんが道

 「劇画の時代」は劇画漫画家の松本正彦『劇画バカたち!!』

劇画バカたち!!

劇画バカたち!!

 

 2作読めば昭和の漫画界がどういうものだったのか、ということを知ることができるだろう。<了>