文芸的な、あまりに文芸的な

人生にあるのは意味ではなく味わいだと私は思っている(谷川俊太郎)

若手歌人たち ~『桜前線開架宣言』山田航

山田航『桜前線開架宣言』という短歌アンソロジー本を読んだ。

桜前線開架宣言

桜前線開架宣言

 

 副題に「Born after 1970 現代短歌日本代表」とあるように、70年代以降生まれの若手歌人40人の歌を集めたものだ。

1人あたり50首以上載っているので、現代歌人にふれる入門編としてはかなりボリュームのある本である。

いくつか心に残った歌人と短歌をここで紹介したい

 

中澤系

70年生まれ。早稲田大哲学科卒。副腎白質ジストロフィーという難病に侵され、09年没。

 3番線快速電車が通過します理解できない人はさがって

 いや死だよぼくたちの手に渡されたものはたしかに癒しではなく

 ぼくの死でない死はある日指先に染み入るおろし生姜のにおい

 秩序 そう今日だって君は右足と左足を使って歩いたじゃん

 ぼくたちはこわれてしまったぼくたちはこわれてしまったぼくたちはこわ

 

今橋愛

76年生まれ。現代短歌ではほぼ禁じ手とされがちな多行書きやチラし書きを採用する。ひらがなを多用しての、生々しい女性のしゃべり言葉を基本的な文体とする。

 もちあげたりもどされたりする

 せんぷうき

 強でまわってる

 

 つかいおわるまでこのへやにいるかしら

 三十枚入りすみれこっとん

 

 くもがねー

 ちぎれて足跡のようだよ。

 こんとんをどけたあとがみたいの。

 

岡崎裕美子

76年生まれ。性愛短歌を得意とする女性歌人のひとり

 したあとの朝日はだるい 自転車に撤去予告の赤紙は揺れ

 こじあけてみたらからっぽだったわれ 飛び散らないから轢いちゃえよ電車

 それなのにだんだん濡れてくるからだ割れた果実が滲むみたいに

 見つめあってするのが好きになっている キセル乗車の数だけ会った

 その人を愛しているのか問われぬようごくごくごく水、水ばかり飲む

 

兵庫ユカ

76年生まれ。

 まよなかのメロンは苦い さみしさをことばにすれば暴力になる

 でもこれはわたしの喉だ赤いけど痛いかどうかはじぶんで決める

 すきという嘘はつかない裸足でも裸でもこの孤塁を守る

 ナイフなど持ち慣れてない友達に切られた傷の緑、真緑

 

平岡直子

84年生まれ。

 海沿いできみと花火を待ちながら生き延び方について話した

 心臓と心のあいだにいるはつかねずみがおもしろいほどすぐに死ぬ

 怪獣は横断歩道に逃げ出しておやすみ一緒に幸福しよう

 自転車は朽ちていくのか夕焼けに包まれながら眼ももたず

 

野口あや子

87年生まれ。

 ゼリー状になったあなたを抱きかかえ しんじつから目をそむけませんか

 窓ぎわにあかいタチアオイ見えていてそこにしか触れないなんてよわむし

 えいきゅうにしなないにんげんどうですか。電信柱の芯に尋ねる

 知らぬ間に汚れてしまった指先をジーンズで拭う 非常階段

 わたしたち戦う意味は知らないし花火を綺麗と思ってしまう

 

他にもいい歌、歌人は多いが、長くなるのでここまで。

私も短歌はじめてみたくなった。