文芸的な、あまりに文芸的な

人生にあるのは意味ではなく味わいだと私は思っている(谷川俊太郎)

ぼくの精神病院入院日記  その2

4月の終わりごろから2か月半ほど、精神病院に入院してました。

入院理由は、ストレスによる心因性の過剰水分摂取による水中毒でした。

入院中に暇つぶしに書いた日記を、忘備録として載せます。

 ※以下出てくる人名は、当然ながらすべて仮名です。

 

ぼくの精神病院入院日記 1  つづき

4月某日~5月のあたま

・日がたつにつれて、意識がだんだんとクリアになってきた。(入院から8日目くらいだろうか)  これまでは少しぼーっとしたり、熱で頭が回らなかった。

運動せずに寝てばかりなので、夜はまったく眠れない。だから9時半消灯から翌6時起床まで、何もせずに目をつむっているしかない。

・病室は6人部屋で、6人全員が埋まった。暇つぶしに、部屋の他の患者さんがナースさんと話している時に聞き耳を立てる。他にすることがないので、これが唯一の娯楽である。

病室は私の他に、同年代の男性(そりゃ男性病室だからな)4人と、いろいろ管につながれた細い爺さん1人。

Mさんは、色々と不安があって衝動的に薬を多飲しての自殺未遂。中学の時以来2度目の自殺未遂で、ゴールデンウィーク安室奈美恵のコンサートをひかえていて、病院に運ばれて「ものすごい後悔してる」という。

Nさんは、「歩道橋からおりた」かららしい。おりた、というからに飛び降りたか落ちたのだろうか。足痛めているらしいし。

しばらくして入ってきたのが「痩せ細った爺さん」。夜になると「死ぬー死ぬー」とうるさい。痰がからむようだ。爺さんのお見舞いに来た人が、「法華経を唱えればよくなるから」と言っていた。

その後入ってきたのが、ガチガチに拘束されてる太った人。O木さん。

以前ここに入院していて、他の病院から再度ここに入院してきたらしい。太ってるのに、ナースさんたちが「しばらくだねー。かなり痩せたねぇー」と言う。どんだけ太ってたんだ。

O木さんは全くしゃべらず「ウゥーマン、ウゥーーマン、マンマー、マンマー」という意味不明な発声しかしない。意識が混濁してるのか。お母さんがよく見舞いに来るが、息子のこういう拘束された姿をみるのはやるせないだろう。

・点滴も取れて、尿カテーテルも取れた。自由に動けるようになると、テレビのある食堂(デイルーム)に行けるようになる。

食堂に行ったり、他の病室がどうなってるのか少しわかるようになると、ここはつくづく「精神病院」なのだなと思う。

隣の病室には「も・う・いやだー。きえろ、きえろー!」と幻聴と戦って独り言を怒鳴っている、統合失調症らしきおじさん。

延々と「このやろー!」「またやるのか!」と独り言を怒鳴っている車椅子のおじいさん(やはり統失なのだろうか)。

「もうこんなところ嫌!帰るぅ!」と夜9時に泣くおばあさん。

夜になると泣き出す若い女性。 一度彼女が「私だって!子供一人産んだのに!」と大声で泣き出した。すると隣でTVを観ていたおじさんが、

「また泣いてるよ。世の中の人間てのは皆死にたいと思いながら生きてて、夜はTVみてるんだよ。でも大人だから泣かないんだよ」と私に言ってきた。

私は「いや、大人が皆死にたいと思いながら生きているのなら、辛くて入院してる我々の方が《正常》なのでは?」と思った。

 ・人の集まりなのである以上、食堂ではたまにトラブルがある。皆TVを観ることしかないからか、TVがらみのトラブルが多い。

「そこにいるとTVが見えない。正面からどいてよ」

「おい!何で俺が注意されなきゃいけないんだ!椅子ははじめからここにあったんだ、お前が横にくればいいだろ!」

というおっさん同士のやりとり、

「私がトイレ行ってる間にチャンネル変えたんだから、チャンネル戻すわよ」

「勝手に!チャンネル変えるんじゃねえよ!」

とおばさんとおっさんのケンカ。さすがに言い争いだけで、殴り合いになるケンカはなかったけど。

こういうのをなだめるのも看護師さんの仕事だ。大変だ。

・病院なので飯はまずい。魚はほぼ毎日出る。酢の物が3日連続で出たときはさすがに殺意が湧いた。2週に1度くらい出るカレーのときだけが至福だ。(とはいえ、カレーも冷めてて決して「美味い」もんではないのだ…)

しかし慣れとは恐ろしいもので、このまずい飯にも5日ほどすれば慣れてしまう。ポイントはどの料理にも醤油をかけて、しょっぱくすることである。そうすればとりあえず醤油味になるので、ご飯といっしょに食える。

やはり皆不味いのか、ふりかけを持ち込んでる人は何人かいた。

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・食堂で、お菓子をジジイに盗まれそうになった。お菓子をテーブルに置いて電話していたら、ジジイが私のお菓子袋からチョコパイをあさっていたのだ。

その日、母が見舞いに来たのでこの話をすると、このジジイは、父がこの病院に入院していた4年前にも入院していたという。4年選手なのかよ。ずいぶん長い入院だ…

・病室の「細い爺さん」が摘便されていた。終始「いてぇーいてぇー」と言っていた。やっぱり痛いのか… 

ドMの人なら若い女性看護師に摘便されるのはフェチプレイの感覚なのだろうか?俺は無理だ

・夕食後の検温で、38.9℃の高熱が出た。さすがに高い。すぐにベッドに横になり、両腕から2本血液検査され、また点滴を打たれた。

右腕に点滴をされていたのだが、何日かたったら点滴が中で漏れて、手の甲がパンパンになってしまった。熱は3日で下がった。

・入院してもう2週間ほどになるが、意識を取り戻してから昨夜初めて寝ることができた。今まで眠剤を飲んでも一睡もできなかった。いや、正確には10分ほどしか眠れない。1日中ほとんどをベッドにいるので、疲れないから眠れないのだ。

そんな中、昨日は1時間ほど眠れた。よく覚えてないが夢もみた。ただし悪夢だ。たとえ悪夢でも夢を見れるくらい眠れたのはうれしい。

もっと強い眠剤を処方してほしい。じゃないと寝不足で倒れてしまうのではないだろうかと心配だ。

・入院して唯一よかったことは、この病棟には大風呂があることで、週2回この大風呂に入れることである。これは心の底からうれしかった。

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初めて風呂に入ったのは、10日ぶりの入浴で、まだ歩けないので看護師さんの介助つき。入浴したときは生き返るような気がした。

2度目の入浴の時は、点滴を打ってたので、着替え介助(看護師さんが着替えを手伝ってくれる)の入浴。 さぁ、風呂を楽しもうと思って体を洗っていたら、他の介助入浴者がうんこもらしたのか臭いが充満した。それでも窓を開けて、30分ほど熱い湯につかって大風呂を堪能した。

介助なくひとりで風呂に入れるようになると、平日は毎日風呂に入れるようになる。

・おばちゃんがよく将棋をやっているので、声をかけたら将棋することになった(以下、将棋おばちゃん)。このおばちゃんを中心に、将棋できる人が何人もいて、ほぼ毎日将棋指すことになった。将棋は私が一番強く、病棟名人になった。

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 将棋おばちゃんは、うつによる重度不眠で入院してるといった(一睡もできないらしい)。自律神経の副交感神経の働きが強すぎるらしい。

入院形態は比較的自由がきく「任意入院」らしかった。

・50代のおじさん、K川さんが私に話しかけてきた。統合失調症を患っていて、医療保護入院(緊急性がない入院。検査もかねての入院らしい)で、もう4度目の入院だという。

K川さんが言うには、この病棟にはもう15年入院している患者もいるという。あのドロボージジイだろうか。

K川さんは20代の頃働きまくって6千万稼いだこと、(おそらく結婚してないので)姉が見舞いに来ること、クリスチャンでプロテスタントであることなどを私に語った。

ただ、K川さんはゴシップ的に私の事に興味があったようで、私の仕事の事や入院理由などをきいてきた。特には話したくない事だったが、まあここ(病院)を出れば接点もないので、と話した。(以降K川さんとは、時間があればたまに話す仲になる)

 ・平日昼間、OT(作業療法)で週に何度かカラオケ会がある。食堂で参加者10人がくらいが歌うのだ。私はカラオケの類は人の歌をきくのが嫌いなので参加しない。若い人が歌ってるのはどうでもいいか、なぜかお婆ちゃんが演歌を歌ってるのは、たとえ下手でも(というか下手だが)愛嬌があっていい。

f:id:akihiko810:20180629152807p:plain 採点つきのカラオケ機だった

5月8日

・面白くもないTVをつけながら、本を読んでいたら、女性ナースさんに「優雅でいいね」と言われた。皮肉か。いや、仕事熱心で真面目なナースさんなので皮肉ではないだろう。

「いや、本当にすることないんですよ」と私も本音を答えた。

本読むのは疲れるし、テレビはつまんねーし、入院というのはやはりすることがなく退屈である。

・将棋おばちゃんとの将棋のあと、 20代らしき女の子が来て、私にではなくおばちゃんに私の名前をきいた。「いや、名前きくなら俺に直接きけよ、コミュ障か」と思ったが、どうやら私とオセロをやりたいらしい。なのでオセロをやることになった。

オセロは私が勝った。 負けるや否や彼女は「うー!」と言って部屋を出てあっちに行ってしまった。よっぽど悔しかったのか、というか「コミュ障じゃねーか」と思った。仕方ないので「片付けますよ」とだけ言ってオセロを片付けた。片づけてる途中で女の子は戻ってきて、「ありがとうございました」とお礼を言った。

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・風呂に入るときは、点滴をしているので、服を脱ぐのにナースさんの介助がある。今回の介助は若い女性ナースさんだった。

服を脱ぎ着するとき、私の肌にナースさんの肌が密着する。女性の肌が触れること、女性に優しくしてもらえること、「入院して点滴しててよかった」と少し思った。

・食堂には本棚があるのだが、食堂でよくその本を読んでるおばさん(主婦?)がいて、村田沙耶香コンビニ人間』を読んでいた。

コンビニ人間』は以前私も読んだので、本について話してみたいと思いおばさんに「『コンビニ人間』面白いですよ」と話しかけてみた。

「もう読みました」とおばさん

村田沙耶香はお好きなのですか?」ときくと

「話したくないので」とおばさんは食堂を出て行ってしまった。

うぜーやろーだと思われてしまったのだろうか…。

コンビニ人間

 

 ・病室の拘束されたO木さんが、たまにうんこもらしたりゲロ吐いたりしてる。しかも「マンマーマンマー」しか言わないので、ナースコールをしない。そのまま放置。

仕方ないので、気づいた3回は私がナースコールした。別に親切でというわけではなく、単にそのままだと臭いからである。

いい歳してんだから自分でナースコールしろよと思うが、ここは精神病院であり常識は通用しないのだ。

 

ぼくの精神病院入院日記 続きます(たぶん)