文芸的な、あまりに文芸的な

人生にあるのは意味ではなく味わいだと私は思っている(谷川俊太郎)

『エロ本黄金時代』にみる、伝説のエロ本ライター・奥出哲雄という男の栄光と転落

サブカル度数の高い傑作本を読んだ。

『エロ本黄金時代』(本橋 信宏,東良 美季)。

エロ本黄金時代

エロ本黄金時代

 

タイトル通り、「エロ本黄金時代」である80年代のエロ本の変遷と、エロ本周辺の出版カルチャーを解説した労作だ。

私は85年生まれなので、エロ本カルチャーの洗礼は全く受けていない。私の「知らない世界」なのだが、この時代のこの業界の持つ熱気と”イカガワシサ”は、ものすごく面白いものだったようだ。

本書の内容を紹介したい。

  • 80年代エロ本クロニクル ーー80年代エロ本の変遷と紹介
  • 日本出版歴史のターニングポイント、80年の自販機本の世界 ーー「エロも載ってるサブカルアングラ雑誌」である、自販機本『Jam』は、なんと山口百恵宅のゴミ漁りを載せた(『Jam』については、ウィキペディアに詳しい。 Jam (自販機本) - Wikipedia 
  • エロ雑誌に「AV批評」を持ち込んだ伝説のエロ本ライター・奥出哲雄
  • 『ビデオ・ザ・ワールド』中沢慎一編集長インタビュー ーーサブカル色の強いエロ本。2013年に休刊。写真は撮影するのに金がかかるので、AV批評など文章を多く入れた内容だった。
  • エロ本『でらべっぴん』の英知出版・AVメーカー宇宙企画の社長・山崎紀雄についてのコラム
  • AV黎明期(80年前半)のヌードモデル中村京子インタビュー
  • エロ本デザイナー有野陽一、明日修一インタビュー
  • 不良雑誌『BURST』編集長ビスケンの(エロ時代)インタビュー

 と、エロ本がかつて持っていた「カウンターカルチャー性」を知ることのできる内容。

どの項目も眩暈がするほどサブカル濃度が濃くて面白いので、各項目について詳しくはぜひ本書を読んでもらいたい。

今回取り上げたいのは、本書に取り上げられていた<伝説のエロ本ライター・奥出哲雄である。

奥出哲雄。現在インターネットで検索しても、ほとんど彼に関する記事は出てこない。本書の紹介記事の中にぽつんと名前がヒットするくらいだ。いわば「忘れられた人物」といっていい。

奥出に関する情報で、唯一彼の人物像を書いたネット記事は、奥出に莫大な借金を背負わされた(!)AV男優の太賀麻郎が回顧した記事だけである。

太賀麻郎のブログ 復刻版・消えたハズの日記「奥出哲雄という生き方」2009/5・29

奥出について、太賀はこう書いている。

借金から逃げるような生活の氏は、妻子と相変わらずの別居暮らしで、事務所に住んでいた。

そこで金がないのに伝言ダイヤルにはまり、月に100人もの女の子を食った。

この老獪な妖怪のようになった彼に女の子達は援助交際のつもりで来ていたのに言いくるめられ、逆に説教までされて、若い肉体をむさぼられた。

アロックスの倒産で、氏の髪の毛はすべて抜けおち、体毛もすべて抜け、生えてこない状況の風貌はかなり不気味で、初めて見た人は度肝を抜かれるようであった。

なにやら悲惨な状況である。

しかし、本書を読むと、奥出哲雄は天才であり、間違いなく栄光を手にしていたという。

本書著者の東良美季は、奥出を師匠と仰いでいたようで、本の中で2章にわたって奥出の記事を書いている。

この記事では『エロ本黄金時代』に紹介されていた、伝説のエロ本ライター・奥出哲雄という男の「栄光と転落」を忘備録として記しておきたい。

  • 1950年生まれ、日大芸術学部卒業後、映画界が斜陽なのでピンク映画界に入り、山本晋也監督のチーフ助監督になる。村上龍が撮った映画『限りなく透明に近いブルー』では助監を務め、内トラ(身内エキストラ=スタッフが務める)として地下鉄に乗る三田村邦彦を追いかけてくる警察官として出演。小芝居をして、転ぶ警察官を演じた。
  • ピンク映画の助監では食えず(年収35万、とのこと)エロ本ライターに。まだAVがなかった時代、『オレンジ通信』というエロ本で、ビニ本裏ビデオを自分の足で仕入れ、自ら「オクデ先生」と名乗って紹介。単なる紹介ではない批評精神の高い記事を書く。東良は「奥出がエロ本の世界に批評を持ち込んだ」と評する。奥出はのちに『オレンジ通信』では紙面の6割の記事を書くことになる。
  • アダルトビデオの本格的な批評誌『ビデオ・ザ・ワールド創刊。編集長は、この雑誌はもとより奥出ありきだった(と著者東良は考えている)。この雑誌において取材ものに関しては、奥出の独断場だった。当時は「あの気持ち悪い」という評価であった村西とおるを、同誌で1番最初に評価した。
  • 月産1千枚以上は書く仕事量で、「去年の収入は一千二百万円を超えた。来年には二千万に届くであろう」と記事に書いていた。ワープロがほぼない時代なので右手が腱鞘炎になり、担当編集者が口述筆記していた。
  • 今でいう、大学教授の姜尚中のような風貌で、ニヒルでインテリだった。自身を偽悪的にみせるところがあり、奥さんがありながら、いつも4、5人の愛人がいると公言していた。とっかえひっかえ女性を口説いていた。

エロ本業界の姜尚中奥出のダンディなたたずまいがわかろうというものだ。

大量の仕事をこなし、ライターとして破格の金を稼ぎ、女を口説きまくる成功者ーーそれが奥出であった。

しかしこの後、奥出はAV業界へと転身し、そこから転落の道をたどることになる。

 

  • AVメーカーにディレクターとして関わる。村西とおるが女優とスタッフを引き連れAVメーカー「クリスタル映像」を離脱し、「ダイヤモンド映像」を設立したため、奥出は人員のいないクリスタル映像に移籍。奥出チームはクリスタル作品の半数を占めたという。
  • AVメーカーアロックス設立。しかしバブル崩壊と共に、実質2年で倒産。アロックスの作品の正規盤はあまり売れず、発売後1週間もすると海賊盤が出回っていたという。内部の人間が海賊盤を作っていたという噂もあった。 これにより奥出は借金を背負う。
  • 太賀麻郎の言うように、倒産してからの奥出は髪の毛がすべて抜け落ち、海坊主みたいな風貌だった。
  • 彗星舎というセルビデオメーカーを設立。「薄消し」というグレー(限りなく非合法)なビデオを制作。04年猥褻図画の容疑で逮捕拘留。
  • 太賀麻郎は奥出の借金を背負って自己破産。奥出はその後失踪、現在の消息はわからない。

以上が本書『エロ本黄金時代』から読み取れる、奥出哲雄の半生である。

私は読んでいないが、東良美季は『東京ノアール 消えた男優太賀麻郎の告白』という小説を発表したという。

東京ノアール 消えた男優 太賀麻郎の告白

東京ノアール 消えた男優 太賀麻郎の告白

 

 「AV男優太賀麻郎が、80年代末期~現在を回想する」という内容だそうだ。これがノンフィクションでなく「小説」という形式なのは、事実として書くにはヤバすぎる内容を多く含むこと、そしてあえて取材で裏は取らず、特異な感性の持ち主である太賀麻郎の目からみた世界を書きたいと思ったからだそうである。

この小説の中に「赤木晴彦」という男が出てくる。これは奥出がたまに使っていたペンネームで、奥出哲雄がモデルであり、本記事で述べたような転落を遂げる。「太賀麻郎から見た奥出哲雄」像である。

東良はこの小説を書き終えたあとも、「奥出哲雄」と「赤木晴彦」がうまく繋がらず、まるで「その時々で人格が2つに分裂していく」ようだと述べる。

(奥出の数々のトラブルのせいで)彼を悪く言う人がいる。しかし、僕にはそれが理解出来ない。太賀麻郎から聞いた話を元に『東京ノアール』という長い物語を書き終えて尚、それでも判らないのだ。何故なら奥出は僕にとって、常に限りなく優しい男だったからだ。

かつてエロ本業界には、奥出哲雄というーー少なくとも一人の男にとっては「優しかった」男ーー、一時代を築いたライターがいた。時代と共にに忘れ去られたこの男の半生を、現在に克明に伝えるだけでも、この『エロ本黄金時代』は価値のある傑作である。