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文芸的な、あまりに文芸的な

人生にあるのは意味ではなく味わいだと私は思っている(谷川俊太郎)

紡木たく『ホットロード』を読む ~恋愛という”痛み”ーー彼女が歩む道の先にあるのは

マンガ文学論 このマンガを読むのだ

今回は、私は男なのであまり読んだことのないジャンル、少女マンガからのご紹介、紡木たくホットロード』。

1986年から王道少女漫画雑誌『別冊マーガレット(別マ)』に連載され、コミックは(わずか全4巻ながら)700万部売り上げた作品。(たしか、当時としては最速の売り上げだった、という話をきいたことがあるのだが、ググってもでてこない…)

ホットロード 1 (集英社文庫―コミック版)

ホットロード 1 (集英社文庫―コミック版)

 

社会学者の宮台真司曰く「少女漫画のひとつの頂点」とのこと(宮台だけでなく、『ホットロード』を紹介するときにはよく言われる言葉だ)。「(少女漫画は)当初は、恋愛できない「ダメな私」が専らでしたが、77年あたりから〈関係性モデル〉が急速に高度化し、現実の恋愛でもみくちゃになる女の子が描かれはじめます」と、<複雑な関係性>の中で「生きることの痛み」を伴う恋愛を描き、少女漫画の表現はひとつのピークをむかえたらしい。

私の好きな少女マンガ:くらもちふさこ『海の天辺』(雑誌インタビュー記事)

宮台は男性にも「女性が望んでる、複雑な人間関係におけるロマンシズムを知れ」と、この『ホットロード』とくらもちふさこ『海の天辺』を薦めている。

宮台真司×二村ヒトシ『男女素敵化』講演会レポ in バレンタイン - 文芸的な、あまりに文芸的な 

海の天辺 (1) (集英社文庫―コミック版)

海の天辺 (1) (集英社文庫―コミック版)

 

 さてこの『ホットロード』だが、80年代に社会問題化した”暴走族”を少女漫画に取り入れてるのも、今読んでみると面白い。 あらすじ。

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中二の主人公少女、和希(かずき)は父親がいない。母親は離婚調停中の男とつきあっており(高校時代から付き合っていた)、和希は自分のことを「ママが嫌々結婚した男(父)」との子だと思っている。生活の金も母親の男から出ているらしい。和希はたった一人の肉親である母からの愛情を感じたことはない。

和希は母の誕生日に万引きで捕まる。忙しい母は、和希にどう接していいのかわからない。和希は転校生にさそわれるがままについて行った、暴走族NIGHTSの集会で、春山(ハルヤマ)という少年と出会う。その出会いはハルヤマがちょっかい出してきたもので、和希には不快なものだったが、ハルヤマがナイツの湘南支部を束ねていること、先頭を走る危ない"切り込み"をまかされていることを知る。

和希は「今日から不良になる」と母親に宣言し、族の集会に行くようになる。

集会にいくたび、ハルヤマは和希にしつこく絡んできた。和希はハルヤマが「俺はミホコのためなら死ねる」と言うのを聞いたが、ハルヤマはその女(ひと)に振られてしまったらしい。和希はハルヤマのバイクで家に送ってもらったとき「おまえ、おれの女にならない」と告白された。…和希は、「愛」というものがどういうものか、よくわからない。

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暴走族ナイツに混ざる和希。

ナイツは、孤独感など心に傷を負った少年たちがたくさん集まっていた。ハルヤマも複雑な家庭環境で育ったらしい(一人暮らしをして働いている)。彼らは夜の湘南をバイクで駆け抜けていた。和希は暴走するハルヤマの背中にしがみつきながら孤独感を打ち消していた。

和希はハルヤマと過ごすにつれて、ハルヤマの言動に傷つきとまどうこともあり、前の彼女(ミホコさん)もこうやって泣かせてきたのだろうか、と思うが、次第にハルヤマは和希の中で大切な存在になっていく。

ある日和希はミホコさんに会い、ハルヤマと別れた理由が「嫌いだから別れたのではなく、危ないことをするハルヤマを見てるのが怖くなったから」だということを知る。

一方で母親とはさらにすれ違いが続き、学校に行ってないことがバレて口論になり、不倫している母に対する、心の底にためていた「…いらない子だったら生まなきゃよかったじゃないか」の言葉を吐いて和希は家を捨てた。

友人の家を転々とする和希。行く宛てがなくなった和希はハルヤマの家に同棲することになる。

その矢先、ハルヤマは総頭・トオルの指名で、歴代総頭が乗るホンダの400Four(ヨンフォア)のバイクを引き継ぎナイツの総頭に就任し、今まで以上にナイツにかかりきりとなる。和希は争いが絶えないハルヤマに生きた心地がしない。一方ハルヤマにとっても和希は自分自身にブレーキを踏ませる存在となり、総頭の自分と和希の想いとの間で悩み苦しんでいた。ハルヤマは和希との別れを選ぶ。「おまえみてっとイライラする。お前といると俺ダメになる。別れようぜ」

和希はハルヤマの真意がわからず傷つき苦しむが、ハルヤマについていくことを決める。

ハルヤマの誕生日の日、和希はハルヤマが自身と同じく複雑な家庭環境でありながら、家族の事を(ハルヤマなりに)思っていることを知り、和希は一度自宅に戻り、今まで聞けなかったことを母に問う。「ずっとひとりだったんだよあたし」「この家ん中、ほんとうにあたしのいるとこあんのかよって」

ハルヤマは言う。「おばさんこいつのこと嫌いなの?もしそーなら俺がもらってちゃうよ」。和希の母は「あげないわよ!誰にも!親が自分の子嫌いなわけないじゃないの!」と初めて和希の前で、母の愛を明かすのだった。

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これを境に和希は家に戻る。

その頃、ナイツは喧嘩でのしあがった族「漠統」と抗争が起きる寸前であった。母と和解した翌日、和希はハルヤマに「もう他には何も言わないから、(ケンカに)行かないで」と頼むが、ハルヤマは「俺がいなきゃなんにもできねーような女になるな。俺のことなんかいつでも捨てれる女になれ」「そんでも俺が追っかけていくような女になれ」と言って和希の元から離れた。

その後しばらく二人は会わず、お互いの事を想っていたーーそして久しぶりに会う二人。和希は、「親も生きているのだから」とハルヤマに諭され、親の再婚を認めることにした。ハルヤマは、今の抗争が終わったら、もう和希には心配かけないと、ひとり思う。

しかしーー「漠統」との抗争に向かう途中、ハルヤマはトラックにはねられてしまい、意識不明の重体となる。病院に運ばれるが意識は戻らない。

これに激しくとり乱す和希だったがーー奇跡的にも、ハルヤマは意識を取り戻す。重い後遺症が残り、リハビリの後に鑑別所に入れられる。ハルヤマは和希に「ぜってー鑑別だけで帰ってくるから」と誓う。

ハルヤマが鑑別から帰ってから9か月、ハルヤマも、ナイツの友人たちもそれぞれの新しい道を行こうとしていた。

最後に和希が語る。
 「今日であたしは17歳になります。今まで人いっぱい傷つけました。これからはその分、人の痛みがわかる人間になりたい。この先もどうなるか全然わからないし、不安ばっかだけどずーっとずーっと先でいい。いつか、春山の赤ちゃんのお母さんになりたい…。それが今のあたしの誰にの言っていない小さな夢です」

あたしたちの道は、ずっと続いている。  完

  さらに詳細なあらすじは ホットロード映画化!漫画のあらすじネタバレ!結末?紡木たく現在?

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大塚英志『システムと儀式』所収の「〈14歳少女〉の構造」で、ホットロードについてこう述べているという(ネットから孫引き)

暴走族の世界に入った和希はハルヤマという少年と出会い、傷つきながら、しかし最終的に暴走族の世界から帰還してくる。この帰還してくる、という点が重要である。

ホットロード」は、物語全体が通過儀礼の構造を持っており、少女が〈少女〉の時間を終え成女(大人)になることが主題となっているのである。紡木たくは〈少女〉の時間をとどまるべき永遠の場所でなく、通過していく場所として描いた。しかも、そこを〈通過〉することによって少女は初めて大人になれる。(略)「ホットロード」は敢えて、傷つきつつも通過儀礼をなしとげる和希とハルヤマの姿を描いてみせた。しかもそれが読者たちの圧倒的な支持を受けた。

ホットロード論

つまり、「母の愛を知らない〈少女〉」は、ハルヤマという異界(暴走族の世界)とつきあうことによって、つまり”傷つきつつも”特別な時間を過ごしことによって通過儀礼)、「母やハルヤマとの平凡な日常を望む〈大人〉」へと成熟した、ということである。
「傷つきつつも」というのが、この物語の重要な文学的ポイントだろう。
物語序盤に提示されるのは、<和希とママ>の関係性。それは両者共に不完全な存在(親の愛が欠落した娘、娘の愛し方を知らいない母)であるが故に、すれ違いお互いに孤独をもたらす。
そして和希は、今まで経験したことのない不良の世界(異界)であらたな関係性を獲得しーー<和希とハルヤマ>の関係性だーー、その中で”戯れあう恋愛”ではなく、求め合うが故の(故意に、あるいは意図せずに)”傷つけあう恋愛”を経験する。
そしてこの”傷つく恋愛”を経験したからこそ、傷ついた不完全な存在である<私(和希)とママ>を許すことができるようになるーーつまり通過儀礼を経て大人になるーーという物語終盤へとつながっていく。
和希はハルヤマの事故によって暴走族の世界から離れ、文字通りの通過儀礼を終え大人になるのだが、通過儀礼を終えた(大人になった)和希はどのような人間になるのだろうか。
物語のラストに和希のモノローグーー「いつか、春山の赤ちゃんのお母さんになりたい。それがあたしの小さな夢です」が入る。和希は平凡で確実な幸せを望んでいるがーーそれは決して楽観した夢ではない。
ハルヤマとの恋愛で「生きることは、そして愛することは痛みを伴うもの」だということを経験し大人になった和希は、おそらく自身のこれからの人生もまたーーもちろん暴走族という危険な世界ほどではないにせよーーそれがハルヤマと歩む人生である以上、「必ず痛みを伴うもの」だということを理解し、そしてその「痛みを伴う幸せ」を、いとおしいささやかな夢として受け入れようとしているのである。「生きる痛み」を受け入れた上で、彼女は自分の人生と向き合っているのだ。
だからこそラストは「あたしたちの道は、ずっと続いている。」であり、この物語は幕を閉じても、二人はこの道を歩き続けることができるのだ。
ホットロード』は読者に、つまり少女たちに、「大人になること、生きることは痛みを伴うがーー、それでも愛し合うことには実りがある」というメッセージーーそれは少女たちには過激かもしれないが、嘘偽りのない誠実なものだと思うーーを投げかけているのである。
 
余談。以上のように『ホットロード』を精読してみると、そこにあるのは「生きること、恋愛することの痛み」という、大人になれば誰もが体感するであろう痛々しいまでのリアルである。これを読んで熱中していた当時の女子中高生は、なんと大人びていたことだろうか!
これを男子中学生が読んでも、たぶんこの「恋愛による痛み」なんて半分も理解できないだろう。もしこの「恋愛という痛み」のリアルさ彼らにに見せつけたら、幻想ではない「女という恐ろしさ」に気付いて、あふれる性欲もどこかに吹っ飛んでしまうのではないだろうか(苦笑)   <了>
 
今日のマンガ名言:俺のことなんかいつでも捨てれる女になれ。そんでも俺が追っかけていくような女になれ